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東京地方裁判所 平成5年(ワ)19921号 判決

主文

一  被告は、第一事件原告甲野太郎に対し、金八〇〇〇万円及びこれに対する平成六年三月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、第二事件原告株式会社乙山商事に対し、金四億円及びこれに対する平成六年三月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、両事件を通じてこれを四分し、その一を第二事件原告株式会社乙山商事の、その三を被告の、それぞれ負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1ないし3記載の各事実(原告甲野は原告会社の代表取締役で、原告らと被告との間で本件保険契約〈1〉ないし〈3〉が締結されていること、本件各保険契約では、被保険者が死亡していなくても、両下肢とも足関節以上で失つたか、その用を全く永久に失つた場合には、死亡保険金額と同額の高度障害保険金が被保険者(保険契約者及び死亡保険金受取人が法人の場合には死亡保険金受取人)に支払われるとされており、各特約でも同様に定められていること)は、当事者間に争いがない。

2  同4記載の事実のうち、原告甲野が平成四年七月一五日午前六時頃、自分で普通乗用自動車を運転して石川県小松市の北陸自動車道を金沢方面から福井方面に向けて走行中に小松インター出口付近でクッションドラムに激突したことは、当事者間に争いがなく、また、甲七号証(障害診断書)、甲八号証(身体障害者診断書)、甲九号証(身体障害者手帳)によれば、原告甲野は、右事故により、第三胸椎複雑骨折・脊髄損傷等の傷害を受け、「両下肢機能全廃」の障害状態にあるものと認定されていることが認められる。したがつて、原告甲野は、死亡保険金額と同額の高度障害保険金が支払われることになつている前記主約款別表2(身体障害表)の1の5記載の第一級の障害状態にあるものというべきである。

3  同5記載の事実のうち、本件各生命保険では、保険金は「事実の確認のため特に時日を要する場合」を除き、その請求書類が被告の本社に到達してから五日以内に支払うとされていること、原告らは被告に対して平成四年七月二五日までに約定に従つた保険金請求の手続をしたことは、当事者間に争いがない。

しかし、本件は、後に述べるように、「事実の確認のため特に時日を要する場合」に該当するというべきであり、事案の特殊性・複雑困難性に照らし考えると、被告が本件各保険契約による高度障害保険金を支払うべきか否かの判断に苦慮していることももつともであり、本件口頭弁論終結時である平成六年三月二三日の時点までは「事実の確認のため特に時日を要」したものというべきであるから、本件各保険契約によつて支払われるべき高度障害保険金の遅延損害金については、本件口頭弁論を終結した日の翌日である平成六年三月二四日から支払済みまで商事法定利率である年六分の割合による金員を支払えば足りるというべきである。

4  以上のとおり、原告主張の請求原因事実は、いずれも当事者間に争いがないか、証拠により認めることができるから、本件の争点は、高度障害保険金等を支払うべきではないとする被告の主張が認められるか否かである。

二  被告の主張について

1  公序良俗違反について

(一)  被告は、原告甲野を被保険者とする生命保険契約が別紙記載のとおり全部で一一件あり、その保険金額が合計金一五億六〇〇〇万円で、一個人の死を担保する保険金額としては異常に高額であること、その保険料が年間金一二五四万円余に達し、一個人又は一中小企業が負担し続けるには過大な額であることなどから、本件各保険契約はいずれも不法な利得目的で締結されたもので公序良俗に反して無効であると主張している。

(二)  そこで、判断するに、まず、原告甲野を被保険者とする生命保険契約が別紙記載のとおりであることは当事者間に争いがない。すなわち、本件では、いずれも原告甲野を被保険者として、昭和六三年四月に原告甲野が保険金八〇〇〇万円の本件保険契約〈1〉に加入したのを手始めに、平成二年五月から六月にかけて原告会社が五件(本件保険契約〈2〉を含む)の生命保険に加入し、本件保険契約〈2〉を締結した平成二年六月一二日現在の保険金額は、原告甲野個人分が金八〇〇〇万円、原告会社分が合計金六億九〇〇〇万円であつた。また、その後、平成三年一月に原告甲野個人が保険契約者となつている二件目の保険(保険金七〇〇〇万円)に、同年七月に訴外丙川が保険契約者となつている最初の保険(保険金三〇〇〇万円)に、それぞれ加入し、さらに平成四年三月に、第一生命で、訴外丙川が金二億円、原告甲野個人が金一億一〇〇〇万円の保険にそれぞれ加入した後、本件事故直前の平成四年六月一二日に原告会社が保険金一億八〇〇〇万円の本件保険契約〈3〉に加入した。したがつて、この平成四年六月一二日の時点では、原告甲野個人の保険金は合計金二億六〇〇〇万円、原告会社の保険金は合計金一〇億七〇〇〇万円、訴外丙川の保険金は合計金二億三〇〇〇万円となり、全体で金一五億六〇〇〇万円の保険金となつた。

(三)  他方、甲一九号証(ウラジオストク・プロジェクト)、甲二〇号証(ウラジオホテルの概要)、甲二一号証(ウラジオストク市「外人村」ご案内)、甲二二号証の一ないし三(日経新聞)、甲二四号証(ソ連産大理石採鉱等計画)、甲二五号証(TNKの事業計画骨子)、甲二六号証(合弁合意書)、甲二七号証の一ないし三(損益計算書)、甲二八号証(中山美智子の陳述書)、甲二九号証(原告会社の商業登記簿)、甲三一号証の一ないし三(TNKの商業登記簿)、甲三八号証の一ないし一三(写真)、甲三九号証(ロシア向けクラウン一〇台口の件)、甲四〇号証(旅券)、甲四三ないし四六号証(合弁会社理事会議事録)、乙一六ないし二〇号証(不動産登記簿)及び原告甲野本人尋問の結果を総合すれば、原告甲野は、昭和六三年四月二一日当時、警察官として警視庁に勤務していたが、城東警察署当時からの知り合いであつた訴外中山美智子の勧めに従い、既に加入していた生命保険を転換して保険金額八〇〇〇万円の本件保険契約〈1〉を締結したこと、その後、原告甲野は、警察官を退職して平成元年二月二二日に木材や鉱産物の輸入・販売や有価証券の保有及び販売などを業とする原告会社を設立してその代表取締役に就任したが、原告会社は、平成二年九月三〇日の決算では約三億三〇〇〇万円余の売上(うち約二億四六〇〇万円は有価証券取引によるもの)と約一四六〇万円の売上利益を計上しているものの、結局、約六八二五万円の経常損失を計上し、その貸借対照表によれば約六億四四四五万円の短期借入金があること、同じく平成三年九月三〇日の決算では約三億〇九〇〇万円の売上(うち約二億〇〇六五万円は有価証券取引によるもの)と約五七三四万円の売上利益を計上して、結局、わずかながら五〇九二円の経常利益を計上しているが、その貸借対照表によれば約八億五八一五万円の短期借入金があるとされていること、この間、原告会社名義で平成元年一〇月二七日(登記日)に文京区本郷四丁目三一九番七所在の土地(それまでの原告甲野居住地の隣地)及び建物を取得する一方、原告甲野、原告会社、訴外小久保武四郎名義の各不動産に、平成元年一〇月三一日付けで城南信用金庫に対して極度額金四億九〇〇〇万円の根抵当権、平成二年一月一六日付けで都民信用組合に対して極度額金一億五〇〇〇万円の根抵当権、平成二年六月六日付けで訴外網中木材株式会社(以下「訴外網中木材」という。)に対して極度額金三億円の根抵当権をそれぞれ設定しているが、平成三年三月一六日(登記日)に原告甲野名義の八潮市大字大原六三六番一所在の土地を処分して、同年四月一二日には右都民信用組合に対する極度額金一億五〇〇〇万円の根抵当権を抹消していること、原告甲野は、平成二年頃から中国やロシアからの木材や石材の輸入を手掛け、月に一・二度程度は中国やロシアに出かけたりして原告会社の事業を展開していたが、平成三年七月一七日には、同年五月二一日に木材の輸入販売等を目的として設立された訴外丙川の代表取締役にも就任し、中国やロシアからの木材や石材の輸入のみならず、ロシアとの合弁事業にも積極的に取り組むようになり、平成四年一月には、原告会社とロシアのウラジオストク市当局との合弁事業についての合意が成立し、合弁会社として「ザラトイログ」社が設立され、ウラジオストク市内に、同市に出張中の日本人など外国人向けの宿泊施設「外人村」や、オフィスビル、外貨ショップなどを建設して経営に当たる計画が本格化したこと、平成四年五月二二日の議事録では、原告会社が右ウラジオストク外人村の建設につき金三億円、ホテル用施設の改修につき金六五〇〇万円を負担するほか、同年七月一日までにホテル・ロビーでの店舗開店作業を行ない、備品や商品を納入することが確認されていたこと、平成四年七月一五日の本件事故以降、原告会社の活動はほぼ停止しているが、平成四年九月三〇日現在の貸借対照表では約八億七八三七万円の短期借入金が残つているとされていること、以上の事実を認めることができる。

(四)  そこで、右(二)記載の生命保険加入の経緯と右(三)に設定したところとを比較対照して検討すると、昭和六三年四月二一日に締結された本件保険契約〈1〉がその額からみても、その時期からみても、何ら問題のないものであることは明らかである。また、平成二年六月一二日に締結された本件保険契約〈2〉についてみると、平成二年六月当時は、原告会社が有価証券取引と木材や石材の輸入により年間約三億三〇〇〇万円程度の売上を上げているものの、訴外網中木材に対して極度額金三億円の根抵当権を設定した時期で、同年九月末の短期借入金は約六億四四〇〇万円程度に達していること、この時点の原告会社負担の保険料は月額合計で金四四万七五七〇円であり、少ない額ではないが原告会社程度の売上規模からみれば支払えない金額ではないと考えられることなどの点に鑑みると、この時点で、原告甲野の個人会社である原告会社として、原告甲野が死亡するなどした場合に右短期借入金の額にほぼ見合う総額六億九〇〇〇万円程度の保険金が受け取れる生命保険に加入することも、あながち不自然なことではなく、社会通念に照らしても許容される範囲内のものと考えられる。

しかしながら、平成四年六月一二日に締結された本件保険契約〈3〉については、右と同様に考えることはできない。なぜなら、この時点で原告甲野を被保険者とする生命保険契約の保険金額は合計金一五億六〇〇〇万円に達し、これは原告会社の年間売上高の約四倍から五倍に相当すると考えられることや、その保険料は名義の如何を別にして年間金一二五四万円余にも上つていて、当時約八億七八〇〇万円もの短期借入金の返済を抱え、さらにロシアへの当面の投資として約三億六五〇〇万円もの新たな資金を必要としていた原告会社が実質的に原告甲野個人分も含めて今後負担し続ける保険料としては著しく不相当な額であることを考えると、いかに被保険者である原告甲野が原告会社や訴外丙川の代表取締役であつたとはいえ、社会通念に照らし、原告会社程度の規模の会社が社会的に合理的な危険分散のために加入する保険としては、明らかに限度を超えたものといわなければならないからである。そして、生命保険契約のような射倖性のある契約については、社会通念上合理的と認められる危険分散の限度を著しく超えてこれに加入することを認めるならば、自己もしくは第三者の生命を弄んで不労の利得を得ようとする者や危険発生の偶発性を破壊しようとする者が生じて保険制度の根幹を揺らすことにもなりかねないから、社会通念上合理的と認められる危険分散の限度を著しく超えることとなる生命保険契約については、当事者間の合意にかかわらず、もはや社会的に許容することのできない不相当な行為というべきであり、このような事態の発生・回避について保険契約自体に特段の取決めがなされていない場合であつても、民法九〇条に照らしてその法的効果を認めることはできないというべきである。

そして、本件については、本件保険契約〈2〉を締結した後、いつの時点で社会通念上合理的と認められる危険分散の限度を著しく超えたというべきかについては問題がないわけではないが、右に認定の諸事実を総合的に勘案すると、少なくとも本件保険契約〈3〉が締結された時には明らかに危険分散の限度を著しく超えているものと判断されるから、本件保険契約〈3〉は、民法九〇条に照らして無効というべきである。

2  危険著増による失効について

(一)  被告は、本件のように多額の保険料負担を伴なう異常に高額の生命保険に加入した場合には故意による保険事故招致の可能性が極めて高まることになるから、そのような者に関する生命保険は商法六八三条及び六五六条の類推適用により失効すると主張している。

(二)  しかしながら、本件に商法六五六条を類推適用することの当否はともかく、本件では、右に認定説示したとおり、そもそも本件保険契約〈3〉は民法九〇条により無効であり、その法的効力を認めることはできないから、商法六五六条を類推適用する余地はなく、また、本件保険契約〈3〉が無効である以上、もはや同保険の締結による危険の著増を論じる必要はない。しかも、本件保険契約〈1〉及び〈2〉については、前記のとおり、社会通念に照らしても許容される範囲内のものと考えられるから、仮に、一般論として商法六五六条の類推適用を肯定するとしても、同条に定める「危険が……著しく……増加したるとき」に該当しないことは明らかである。したがつて、いずれにしても被告の右主張を採用することはできない。

3  重大事由による解除について

(一)  被告は、本件各保険契約は保険金を詐取する目的または他人に保険金を詐取させる目的で締結されたものである(主約款二二条〈1〉一号)とか、本件では保険契約を継続することを期待しえない事由がある(同四号)とか、他の保険契約との重複によつて被保険者にかかる給付金額等の合計額が著しく過大で保険制度の目的に反する状態がもたらされるおそれがある場合(傷害特約条項一二条〈1〉三号ほか)であるとして、本件各保険契約を解除すると主張している。

(二)  しかしながら、本件全証拠によるも、本件各保険契約が保険金を詐取する目的または他人に保険金を詐取させる目的で締結されたものであることを認定するに足りる証拠はない上、これまでに認定説示のとおり、本件保険契約〈3〉は民法九〇条により無効であり、その法的効力を認めることはできないのであつて、同契約が無効である以上、これを前提とする被告の右主張もその前提を欠くものであることが明らかである。

4  詐欺無効について

被告は、本件各保険契約は被告から保険金を詐取する目的で締結されたものであるから主約款二四条により無効であると主張しているが、本件全証拠によるも、右事実を認定するに足りる証拠はないから、被告の右主張はこれを採用することができない。

5  原告甲野の故意または重過失について

(一)  被告は、平成四年七月一五日の本件事故は原告甲野が保険金を取得するため故意に招致したものであり、仮に故意ではないとしても、原告甲野には重大な過失があると主張している。

(二)  そこで、判断するに、まず、本件事故当時、原告甲野及び原告会社がロシアでの投資を計画していたこと、原告甲野には総額金一五億六〇〇〇万円の生命保険が付されていて、その年間の保険料合計額が金一二五四万円余であつたこと、原告甲野が平成四年七月一三日から一五日までの三日間北陸地方に出張し、東尋坊を訪れたほか、事故当日の七月一五日には輪島の朝市を見物して夕方には帰宅すると妻に連絡したが、実際は輪島の朝市見物を断念して福井の知人に会おうとしたこと、原告甲野がクッションドラムに正面から激突したこと、本件事故当時は晴天で見通しがよかつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(三)  右の当事者間に争いのない事実と前記二の1で認定説示した事実に加えて、右に引用の書証と甲一七号証(名刺)、甲一八号証(能登有料道路通行券)、甲四七号証(運転記録証明書)、甲四八、四九号証(気象証明書)、乙六号証(報告書)、乙一五号証(東証一部週足集)、乙二三号証(朝日新聞)、証人水谷内忠男の証言、証人山本美代子の証言、原告甲野本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告甲野は、原告会社の代表取締役として平成二年頃から中国やロシアからの木材や石材の輸入を手掛け、月に一・二度程度は中国やロシアに出かけるなどして原告会社の事業を展開していたが、平成三年七月一七日には、同年五月二一日に木材の輸入販売等を目的として設立された訴外丙川の代表取締役にも就任し、中国やロシアからの木材や石材の輸入のみならず、ロシアとの合弁事業にも積極的に取り組むようになつた。そして、平成四年一月には、原告会社とロシアのウラジオストク市当局との合弁事業についての合意が成立し、合弁会社として「ザラトイログ」社が設立され、ウラジオストク市内に、同市に出張している日本人など外国人向けの宿泊施設「外人村」や、オフィスビル、外貨ショップなどを建設して経営に当たる計画が本格化した。平成四年五月二二日に開催された原告会社等とのウラジオストク市当局との合弁会社の議事録では、原告会社が右ウラジオストク外人村の建設につき金三億円、ホテル用施設の改修につき金六五〇〇万円を負担するほか、同年七月一日までにホテル・ロビーでの店舗開店作業を行ない、備品や商品を納入することが確認されていた。そして、原告会社がその三割を出資し、原告甲野が代表取締役を兼務していた訴外丙川の事業計画によれば、平成五年度は、輸入木材・輸入石材の販売やホテル・ビジネスセンター・ショッピングセンター・外人村の各事業で総額一七億一〇〇〇万円程度の売上を目標としていた。もつとも、平成四年七月一五日の本件事故以降、原告甲野の個人会社であつた原告会社の活動はほぼ停止され、平成四年九月三〇日現在の原告会社の貸借対照表では約八億七八三七万円の短期借入金が残つているとされている。また、原告甲野にも数億円程度の個人的借金があつた。そして、原告甲野は、本件事故後の平成四年九月一〇日に訴外丙川の取締役を解任されたが、訴外丙川は、同年一〇月二七日にその目的をファーストフード店の経営などに変更した後、平成五年一月七日にはその商号を「株式会社丁原社」と変更して、現在では、原告甲野や原告会社とは全く無関係の別会社となつてしまつている。なお、平成五年一〇月一三日の朝日新聞によれば、一般的にロシアとの合弁事業は、ロシア側の制度の混乱のため撤退に追い込まれたり操業に遅れが出ているところが少なくなく、ホテルやレストランなどのサービス業を除いて利益を上げている企業はほとんどないと報じられている状況である。

(2) 原告甲野は、平成四年七月一三日から、ロシア向けに送る自動車一〇台の手配について依頼していた訴外岩倉車両株式会社の高田里志課長に挨拶するため富山を訪れると共に、金沢港に陸揚げされるロシアから輸入した木材の確認のため北陸地方を訪れていた。右同日、原告甲野は、富山空港からタクシーで岩倉車両に向かい、高田課長に会つて話をした後、富山の伏木港を訪れて状況を視察してから金沢に行き、市内の全日空ホテルに宿泊して、翌一四日には中国から木材が輸入される金沢港を視察したが、北陸地方に来たのだから、かつて警察学校の卒業旅行で訪れたことのある東尋坊にもう一度行つてみたいと考え、レンタカーを借り、これを自分で運転して東尋坊を訪れた。原告甲野は、折角金沢に来ていることでもあるので、有名な輪島の朝市を見てから東京に帰ろうと考え、一四日の夜、妻に電話でその旨を伝えた。と同時に、福井には警察学校当時の友人と平成二年の七月頃まで原告甲野宅の隣に住んでいて家族ぐるみで付き合いのあつた戊田松子が住んでいるので、時間があればこれらの人達にも会つてみようかとも考え、右戊田とも電話で話しをしたりした。そして、平成四年七月一五日当日、原告甲野は朝四時頃に起床し、身仕度をして借りていたレンタカーを自ら運転して輪島に向かうため能登有料道路を走行していたが、海岸線から横殴りの雨が降りだし風も強めに吹いていたので、輪島へ行くことを断念して金沢に引き返した。金沢に帰ると雨は上がつていて、朝早く出かけたため時間もあつたので、福井に行つて警察学校当時の友人や右山本に会つてみようと考え、そのまま北陸自動車道を金沢から福井に向かつて走行し、午前六時頃、小松インターの手前付近を時速約一〇〇キロメートル程度のスピードで走行していたが、ブレーキをかけることもなく、ほぼそのままのスピードで小松インター出口分岐点のクッションドラムに正面から激突して、車両は大破し分岐点右側の本線上に横転した。原告甲野は車両から投げ出され、後頭部から出血したまま同路上にうつ伏せに倒れていた(同人は、事故当時の状況については何も覚えていないと述べている)。なお、小松インター出口手前は約一キロメートル以上の平坦な直線コースで、当時は、早朝といつても見通しは良く路面も乾燥していた上、並走する車もなく運転しやすい状態であつたが、道路は、小松インター出口分岐点で左右に分かれており、左側に行くと小松インター出口となり、本線は右にカーブをしながら福井方面に向かつている。仮に、小松インター出口手前からそのまま直進すると、原告甲野がそうであつたように、小松インター出口分岐点に衝突の衝撃を緩和するためにおいてあるクッションドラムに正面から激突することとなる。このクッションドラムはプラスチック製で高さは一メートル以下程度のあまり大きなものではないが、中には水が入つており、運転を誤つて分離帯などに衝突した際の衝撃を緩和するために設置されているもので、北陸自動車道では、小松インター出口分岐点だけではなく、各分岐点や出口付近にも設置されていて、北陸自動車道を運転する者にとつては珍しいものではない。ちなみに、原告甲野は、昭和四三年に自動車の運転免許を取得し、夜間の運転は得意ではないものの、警察時代はもとより原告会社を設立した後も週に二・三回程度は運転をしていたほか、本件事故の前日も東尋坊を訪れて北陸自動車道を金沢から福井まで往復している。

(3) 本件事故当時、原告甲野には総額金一五億六〇〇〇万円の生命保険が掛けられていて、そのための年間の保険料合計額は金一二五四万円余であつたが、原告甲野が本件事故の直前に親族や友人・知人に対して経済的悩みを打ち明けたり、自殺や死亡をほのめかすような発言をしたことはない。

(四)  右に認定の事実を総合すれば、本件事故当時、原告甲野には数億円程度の個人的借金が、原告会社には約八億七八三七万円の短期借入金があつた上、ロシアのウラジオストクで展開しようとしていた事業のため新たに約三億六五〇〇万円程度の資金が必要になつており、原告甲野及び原告会社の経済状態が必ずしも良好なものではなかつたこと、しかも、原告甲野には総額金一五億六〇〇〇万円もの生命保険が掛けられていて、原告甲野が死亡すれば高額の保険金が遺族や原告会社等に支払われる状態であつたこと、原告甲野は、平成四年七月一三日から一五日にかけて北陸地方を訪れているが、仕事の用件は比較的簡単なものであるのに三日間も費やし、その間、自殺の名所である福井の東尋坊を訪れたほか、輪島を訪れようとしたかと思えばこれを中止して再び福井を訪れようとするなど、必ずしも行動に一貫性がないことなどの事実が認められ、これらの事実だけを前提とすれば、経済的に行き詰まつた原告甲野が高額の保険金を目当てに事故に見せかけて自殺を図つたと考えることも全くできないわけではないであろう。

しかしながら、前記認定のところによれば、原告会社のロシアでの合弁事業は平成四年になつて本格的に動き出し、当面の先行投資のために資金繰りは楽ではなかつたものの何とか手当ができる状態で、しかも、平成五年には訴外丙川において総額一七億一〇〇〇万円程度の売上を目標として事業を展開していた最中で、将来に対しては明るい見通しもあつたこと(その後の現実のロシア情勢の厳しさは、この時点では一応別問題である。)、原告甲野は、七月一三日及び一四日の両日は一応の仕事を終えているが、仮に、自殺や死亡を覚悟していたというのであれば、わざわざ仕事をすることはないのではないかと考えられること、原告甲野が折角北陸地方を訪れたのだから東尋坊や輪島などの名所を訪れたり、友人や知人を訪ねたいと考えたというのも、一応理解できないわけではないこと、仮に、原告甲野が本気で事故を装つて死亡保険金を取得しようとしたのであれば、何もわざわざ衝突の衝撃を和らげるためのクッションドラムに突つ込むのではなく、例えばカーブでハンドル操作を誤つたふりをして直接ガードレールに激突するなど、より確実に死亡することができる方法もあるのに、これらの方法を取つているわけではないこと、さらに、原告甲野が本件事故の直前に親族や友人・知人に対して経済的悩みを打ち明けたり、自殺や死亡をほのめかすような言動をとつた形跡は見当たらないことなどの事実も認められ、これに、本件事故当日、原告甲野は午前四時頃に起床して輪島に向かつたものの、途中横殴りの雨に降られて輪島行きを断念し、改めて福井に向かつていたわけで、これらの疲労もあつたのではないかとも考えられることや、本件事故現場は一キロメートル以上の直線コースで運転が単調になりやすい場所であつたことなど、前記認定の諸事実を社会通念に照らして総合的に勘案すると、本件事故は、原告甲野の何らかの過失によつて発生したものと推認するのが相当であり、原告甲野が高額の保険金を目当てに事故に見せかけて自殺を図つたと考えることは妥当ではないというべきである。

(五)  そこで、次に、仮に本件事故が原告甲野の故意に基づくものではないとしても、本件事故または原告甲野に生じた高度障害状態は原告甲野の重大な過失に基づくものであると言えるか否かについて判断する。

この点、被告は、原告甲野は未熟な運転技術のまま高速道路を運転したとか、侵入を禁止されている安全地帯を走行して本件事故を惹起させたとか、わずかの注意を払えば前方にクッションドラムが設置されているのを確認できたはずであるのに注意を怠つたとか、シートベルトをしていなかつたために車の外に投げ出されて現在のような高度障害状態を惹起させたとして、原告甲野には重大な過失があると主張している。

しかしながら、被告の右立論は、そもそもその前提となつている事実関係自体が被告の推測の域を出るものではなく、それ自体何ら立証されていないものであるから、失当なものといわなければならない。本件事故を最も合理的に説明することができる仮説は、原告甲野が居眠り運転をしていたと考えることであろうが、居眠り運転自体が重過失に該当するということはできないから、結局、本件において原告甲野に重大な過失があるということはできない。

しかも、右のことを前提とする以上、本件で原告甲野に生じた高度障害状態は「不慮の事故」により発生したものということができるから、この点につき立証責任を論じようとする被告の立論はその前提を欠き理由がないものであることが明らかである。

6  遅延損害金の起算日について

以上のところから明らかなように、本件では、本件保険契約〈3〉は民法九〇条により無効というべきであるが、本件保険契約〈1〉及び〈2〉については、有効なものというべきである。しかも、本件事故は原告甲野の故意または重過失に基づくものではないと考えられるから、被告は、原告甲野に対しては本件保険契約〈1〉に基づき金八〇〇〇万円の、原告会社に対しては本件保険契約〈2〉のみに基づき金四億円の、それぞれ保険金を支払うべき義務を負つているが、前記認定説示の経緯からも明らかなように、本件事案は原告甲野自身の行動等が必ずしも明快なものではなく、様々な観点からいかようにも解釈しうるものであつたため、被告が本件各保険契約に基づき原告らに対して高度障害保険金等を支払うべきか否かの判断に苦慮したことも十分に理解しうるところであり、本件口頭弁論が終結した平成六年三月二三日までは「事実の確認のため特に時日を要」したものというべきであるから、被告は、右各高度障害保険金等の支払に際して、本件口頭弁論が終結した日の翌日である平成六年三月二四日から遅延損害金の支払義務を負うというべきである。

三  結論

以上の次第で、原告甲野の本件請求は金八〇〇〇万円及びこれに対する平成六年三月二四日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、また、原告会社の本件請求は金四億円及びこれに対する平成六年三月二四日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるから、いずれも右限度でこれを認容することとし、原告らのその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条及び九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 須藤典明)

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